「リハビリテーション」の本質から考える日常生活動作の支援

いわゆる「リハビリ」と聞いたとき、言葉のイメージとして浮かぶのは「回復」でしょうか。「機能維持」でしょうか。

実は「リハビリテーション(rehabilitation)」という言葉の語源は、ラテン語の「re(再び)」と「habilis(適した・人間らしい)」に由来します。元々は医療用語ではなく、「権利の回復」「名誉の復権」「社会的な復帰」を意味していました。中世ヨーロッパでは、破門された人が教会の信者に戻ることや、罪人の名誉を回復させる際にも使われる言葉で、人間の尊厳と深く関わる言葉でもありました。

つまり、単純に運動機能を回復させたり機能維持することがリハビリなのではなく、その人が置かれた社会において「その人らしさ」を取り戻すことがリハビリです。人は動物ですから、徐々に体力が衰え、認知機能も低下していきます。その中でいかにその人らしく生活をしていくか、今ある機能を生かしていくか、という視点からリハビリを考えることが重要です。冒頭の問いに戻ると、「回復」も「機能維持」も、リハビリテーションの【目的】ではないのです。「回復」や「機能維持」によって、その人らしい生活の再獲得を目指すことが、リハビリテーションの目的です。

では、その人らしい生活の再獲得という視点で、介護保険施設におけるリハビリテーションを考えたとき、施設に求められる役割とはどのようなものになるでしょうか。その鍵は、「できる」と「している」という言葉にあります。

「できるADL」と「しているADL」。食事、更衣、排泄、入浴、移動など、わたしたちが毎日を健康に、自立して暮らすために最低限必要な基礎的な身体動作を「ADL(日常生活動作)」と呼びますが、生活を評価するにあたってADLの各項目を利用者本人が「している」かどうか、この視点が重要になってくるのです。

たとえば、入所施設での食事場面を考えてみましょう。ベッドから食堂に向かう、食堂で着席する、必要ならばトレー等を運び、カトラリーを使って食物を口に運ぶ。これら全てが、食事に関わる行為になります。いわゆるADLの評価表では、移動と食事は別の項目として挙げられていますが、生活の視点で「どのように食べるか」を考えるときには、少し視野を広げて考えてみてください。その上で、利用者がどの程度「自ら食べているか」ということを検討してみましょう。

食事は、人間の生活を支える栄養補給であるとともに、集い・食べるという文化的な側面も持ち合わせた行為です。食堂に向かうことも、実は「人らしい生活」を支える大事なポイントです。そこで、車椅子に座ったまま、時間だからと食堂に運ばれていては、「その人らしく」食事をすることにはつながらないでしょう。たとえ歩けなくても、「食堂に向かおうとしているかどうか」、自力で移動できる方ならば「食事の時間を確認して食堂へ向かっているか」。ADLのそれぞれの項目を利用者がどのように「している」のかに注目すると、その人それぞれの「その人らしい生活」がどの程度達成できているかが見えてくるはずです。

もしも、自力で移動できる方が、促されるまま食堂へ向かっているのだとしたら、自身で「食事の時間を確認してもらう」ように、「そろそろお時間だと思いますよ」と声をかけてみる。「なんの時間だろう?」と考えることも、食事という行為を自ら行うための、生活の中でのリハビリテーションです。「できる」けれども「していない」生活動作を見つけてアプローチすることが、施設でのリハビリテーションを充実させていく鍵なのです。

<参考資料>
・簗瀬誠 他『在宅高齢脳卒中片麻痺者の「できるADL」と「しているADL」の差に影響する心理・環境要因―構造方程式モデルによる分析』、総合リハビリテーション、31巻2号, pp.139-145 (2003年)

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この記事を書いた人
得原藍

得原藍

理学療法士、修士(学術)。総合病院・訪問リハビリステーションでの勤務を経て、バイオメカニクスの分野で修士号を取得。その後理学療法士養成校の教員として運動科学の授業を担当。現在は大学や民間のトレーナー・インストラクター養成機関で講義を持ち、運動関連企業や運動教室等のプログラム・デザインも手掛ける。

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