なぜ施設として「歩かせたい」と願っても、現場ではなかなか実現しないのか

こんにちは。理学療法士の佐野です。私は理学療法士として介護や訪問リハビリの現場を経験したのち、今は企業の組織づくりに携わる仕事をしています。このコラムでは、組織づくりの知見と、現場のリアルを少しだけ知っている立場から、介護の現場がどうすればもっと良くなるのかを、皆様と一緒に考えていければと思っています。

「入居者様に、もっと自分の足で歩ける喜びを届けたい」
「自立支援を施設の柱にしたい」
経営者や施設長の皆様がそう願い、現場へ「もっと歩行機会を増やそう」と発信しても、現実は「危ないから座っていましょう」という慎重な対応が変わらない……。
そのもどかしさの裏には、現場スタッフの切実な「あるある」が隠れています。

現場スタッフが「歩かせない」のは、決して意欲がないからではありません。そこには、経営側の視界からは見えにくい、強い「恐怖」があります。
例えば、一度転倒させてしまったあとの光景を想像してみてください。スタッフは、事故報告書の作成や原因分析に追われ、本来の業務がさらに圧迫されます。それ以上に重いのは、「自分の介助が未熟だったせいだ」という自責の念や、ご家族への謝罪の電話を入れるときの居たたまれなさです。こうした精神的なダメージや責任の重圧を、スタッフが一人で背負っているとしたらどうでしょうか。

専門的な判断材料が乏しい現場ほど、基準は「個人の勘」に頼らざるを得なくなります。結果として、最も安全で、誰からも責められない選択肢である「座らせきり」が正解になってしまう。これはスタッフにとって、自分と入居者様を守るための防衛本能なのです。
この状況で「もっと歩かせよう」と旗を振ることは、スタッフに「もっとリスクを背負って」と強いることにもつながりかねません。今のマネジメントに求められているのは、前を向かせることではなく、彼らが今どんな不安という「フィルター」を通して世界を見ているのかを理解し、その背中を支えることではないでしょうか。

では、具体的にどうすれば現場のブレーキを外せるのか。専門家が身近にいなくても、マネジメントの工夫ひとつでスタッフの「怖い」を「これなら大丈夫」に変えることができます。
まずは、判断のポイントを一つに絞ってあげることです。「全体を注意して」と言われると不安になりますが、「今日は『足の出し方』だけ注意して見てあげよう」と注目点を絞るだけで、スタッフの集中力と安心感は高まります。
また、介助技術を磨く前に、「道具の不一致」がないか一緒に眺めてみることも有効です。スタッフが歩かせにくいと感じているとき、実は杖の高さが合っていなかったり、靴が脱げかかっていたりすることがあります。「道具が味方をしているか」を一緒に確認するだけで、介助の心理的ハードルはぐっと下がります。

「事故を恐れない」という精神論ではなく、スタッフが抱える「判断の重圧」を、仕組みやデータで一緒に背負うこと。その支えがあるからこそ、彼らは迷いなく、入居者様の手を引けるようになるのです。マネジメントとは、現場へ「指示」を出すことではなく、現場を「支援」することではないでしょうか。

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この記事を書いた人
佐野和也

佐野和也

理学療法士。訪問リハビリや整形外科クリニックの現場で経験を積み、その後は企業の組織づくりの世界へ。「どうすれば人は前向きに行動したくなるのか」の視点を軸に、運動習慣の定着や会社組織のエンゲージメント向上などのテーマで、知見と現場のリアルを翻訳する取り組みを行っている。

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